孤独の影
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3.
4限目の終わりを告げる鐘が鳴った。購買のパンを求めて教室から駆け出す生徒や、友人と雑談に花を咲かせながら弁当を広げる生徒などの、賑やかな声が屋上まで聞こえてくる。
モウスグ……。
風に吹かれながら耳を澄ます。
タン、タン、タン、タン。
ゆっくりと階段を上ってくる足音が聞こえる。
徐々にその音が近づいてきて、やがて止まった。代わりに、ギィ……と軋んだ音がする。
モウスグ……。
屋上へ出る唯一の扉から現れたのは、肩まで届く茶髪の男子生徒だった。先刻、彼女と話をしていた 。
「……やあ」
「誰だテメェ」
友好的に声をかけた彼に対し、男子生徒は唾を吐きそうな勢いでつっぱねた。彼が男子生徒に見覚えがあっても、向こうは彼のことを知りもしないのだから当然かもしれないが。
「待ってたんだよ、キミをずっと」
「俺はお前なんか知らねェよ、ここで待ち合わせてるのはお前なんかじゃなくて 」
「……知ってるよ」
彼の顔が、愉悦に歪んだ。
「あのコが来るまで、ちょっとつきあってよ」
「はァん!? なんで俺…が……」
ざわり、ざわり。
そんなこと言わないでさ、と呟いた彼の左腕が、ずるりと触手のように伸びて一気に男子生徒に巻きついた。左腕だけでどこまで伸びるのか、男子生徒の手足を拘束した上に、顔にまで及び口を塞いでしまった。
「気に入らねーんだよな……オマエさぁ……」
口を塞がれ反論することもできない男子生徒は、ただこの異常な状況に怯えることしかできないでいる。
「何が気に入らないか教えてやろうか?」
そんなことは教えてもらっても嬉しくないし、聞いたら聞いたでロクな目にも合わないに決まっている。怯えながら首を横に振ろうとしても、巻きついた触手のせいでままならない。
「まあ、特にどこっていう訳でもねーけど……強いて言うならオマエの存在そのものってとこか」
ゾク……ッ。
悪寒がした。逃げなければ。逃げなければ……!
一切の発言を許されず、四肢を拘束されてなお、男子生徒は果敢に触手から……彼から逃れようと試みた。そんな様子を眺めながら、彼が嬉しそうに微笑んだ。
「ほら、あるだろ? オマエだって目の前をゴキブリが走ってったらツブすだろ? それと一緒だよ」
クスクスクス。
微笑む彼の顔に、どす黒いあざが浮かび上がる。
オマエはゴキブリと一緒なんだよ。
屈辱的な言葉だった。
だが今はそんなことを気にしている場合ではない。
彼は言った。オマエはゴキブリと一緒なんだよ、と。
そして同時に、何と言った?
ツブす……って……。
「そうだな、まずは……」
先刻の光景が脳裏に甦る。彼女が腕を組んでいたのは、確か……。
「こっちか?」
絡みついている触手が、男子生徒の右腕だけを器用に締め付けた。
グシャァァッ!!
「…………!!!」
男子生徒の、右肘が粉砕された。
無残にだらりと伸びた右腕を触手が戒めから解くが、微塵も動く気配はない。激痛にこれでもかと言わんばかりに見開かれた男子生徒の両目に、彼の右腕が伸びてくるのが映った。
その指先が、異様に鋭く伸びている。
「お楽しみはこれからだぜ」
それは、絶望への招待状だった。
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