Pink
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1.
風が踊った。果て無き空で舞う風につられて、水が歌う。
そんな穏やかな午後、空から声が降ってきた。
「僕と付き合ってください!!!」
「いや。」
………いきなり玉砕である(哀)。
「即答しないで下さいよっ!! 少しくらい考えてくれても……」
食い下がったのは長く美しい銀髪の青年。やさしげな面立ちで、声を聞かなければ女性と見紛うほどの美しさだった。微笑めば誰もが胸を高鳴らせるであろうその顔には、悲壮な表情が浮かんでいる。
「『No』とハッキリ言えるのは美徳よ」
そんな美青年をつっぱねたのは、艶やかな黒髪を短く切りそろえた少女。あどけなさを残す大きな黒檀の瞳はきりりとつりあがり、それだけで強い印象を与えている。高く幼さの残るその声で、さらに青年に追い討ちをかける。
「私、あなたのことなんか知らないし、そもそもねぇ……」
にっこりと、毒の含んだ笑顔を贈ってから、
「仇敵の天使に交際申し込まれてOKするバカがいるかぁぁぁぁっ!!!!」
青年の背に、大きな純白の翼があった。ゆるやかにはばたいて彼を空に留まらせている。
そして。
少女の背には、漆黒の、コウモリのような翼があった。
光の眷属と闇の眷属。
青い大空の下で、対立するふたつの眷属同士が、向かい合っていた。
「どこの世界に天使とつきあう悪魔がいるのよ。寝言は寝てから言うんだね」
言い放つ少女の愛らしさに見とれながらも、天使は負けずにこう言った。
「なにごとも最初があるものですよ」
プチ。…………キレた。
「いいこと!私にはすでに心に決めた人がいるのよ!あんたと比べたら月とタワシね!!」
タワシはないだろう、タワシは。
「あ…… め めまいが……」
『実は好きな人がいます』宣言に打ちのめされたのか、はたまたタワシと言われたことがよほどショックだったのか、空中でフラフラとよろめいて、そのまま……落ちた。
「あ ………(フェードアウト)」
バッシャーン……。
遥か下にあった湖に、入水(?)したらしい。
天使なんだから飛べばいいのにと思いつつ、助けの手などまったく差し伸べず、上空からその様子を腕組して見守っていた少女だが……あきれていたのかもしれない。
「なんだかなー」
「ああ……惜しい。折角あんたをナンパするような楽しいのが出てきたと思ったのに」
いきなりな背後からの言葉に、少女が慌てて振りかえる。
「カラー!?」
「久しぶりね鈴蘭♪」
いつのまにか現れたその声の主は、長い黒髪に肌を多く露出した衣装を纏い……その背中には、黒き翼。
「ヒマそうね……」
「『死神』と違って『夢魔』は夜しか仕事ないからね。この時間はヒマなのよ」
「いいなぁ、私も休み欲しいな……」
少女 鈴蘭がそうため息混じりに呟くと、カラーと呼ばれた女性が肩をすくめて、
「あんた、まだあきらめられないの?」
そう、話を振った。
「いくらなんでも、理想高すぎるよ……」
カラーが何を言っているのか、何を言おうとしているのか、すべて承知の上で、応えた。
「仕方ないよ」
相手を選んで好きになる訳ではない。焦がれる想いはどうにもならない。
ただ、想うだけ。ずっと……。
鈴蘭の想いを知っているカラーは、知っていても心配せずにはいられない彼女は、ただため息をつくしかできなかった。
止められない想い、それを自分も知っているから。
「それよりさっ カラーが昼間に人間界に来るなんてめずらしいじゃない?」
そう言われて、ああ、と本来の用事を思い出す。
「伝言よ。リリス様が『閉ざされの間』に至急来るようにって」
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