真空の聲、静謐の旋律

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   β:巡り音の箱2

 大聖堂の帰りにいつもの酒場に寄ったふたりは、店主にパンやら果物やら酒やらを詰め込んだ籠を押しつけられて帰路についた。
 去年ミクが過労でダウンしてから、月に一度歌唱隊も酒場での歌も休む日を設けている。今日はその休日で、店主にしっかり休めと念を押されたのである。
 がくぽの後に続いて家に入ったミクは、戸締まりをして机に向かった。司教に言われた書類を作成しようとしたのだが、机に向かい椅子に手をかけたところで、背後からがくぽに抱きしめられた。
「がくぽ?」
「ミク、お前いったいどんな魔術を使ったんだ? それとも俺に幻でも見せてるのか?」
 背後から抱きしめられたためがくぽの顔は見えない。だが表情は見えなくても、その弾んだ声でとても嬉しそうなことは解る。
「んんー? 私は何もしてないよ?」
「じゃあどうやって司教に頭を下げさせたんだ。教会が過ちを認めるということがどれだけ重大なことか解るか?」
 別に過ちを認めろとか、俺は悪くないなどという主張をするつもりは一切ない。非を認めて欲しい訳でもなかったが、実際に正面から何の言い訳もない司教の謝罪を受けて、がくぽは嬉しかった。ずっと自分はルカを守れなかったことを責め続けてきたのに、司教はそんな彼に感謝の言葉すら述べたのだ。これまで抱えてきた重荷が一気に下りたようだった。
「難しいことは解らないけど、私は何もしてないよ? ただ森で起きたことをそのままちゃんと報告しただけだもの」
「……そうか」
「それで司教様が間違ってたって認めたのなら、それはがくぽが間違ってなかったってことじゃないの?」
「ミク、本当に……お前は大した奴だよ」
 背後から自分を抱きしめるがくぽの手を取り、
「ありがと」
 その長い指に口づけた。
「ミク」
「うん」
「好きだ」
「うん」
「それだけか」
「何て言って欲しい?」
 からかうように笑ったミクの唇を誘うように、がくぽの指先がそっと撫でる。
「カッコいいとか言えばいい」
「え、そんなこと言って欲しいの」
「別に、ステキとかでもいい」
「そんなのいつも他の人に言われてるじゃない」
「……お前に言われたいんだよ」
 ミクは耳元にかかった熱い吐息に、自分でも驚くほどに身を震わせた。がくぽからはミクの耳しか見えないが、炎のように真っ赤になっている。大きな手でミクの頬に触れると本当に火を噴いたのではないかと思うほどに熱い。
 がくぽの人差し指と中指がミクの言葉を誘うように彼女の唇に触れる。指先にかすかな吐息が絡みつく。しばらくその感触を楽しんでいたが、唐突に   指先を唇で包まれた。
「……ん……っ」
 指先の濡れた感触に吐息をもらしたのはどちらだっただろう。がくぽの指を甘噛みしてから解放すると、ミクは彼の腕をほどいて振り返った。見上げたがくぽの顔がうっすら上気している。
「がくぽ、大好き!」
 ミクが満開の笑顔でがくぽに抱きつき、その胸に頬を埋めた。応えるようにがくぽがミクを抱きしめる。
「……ああ。好きだ。本当に……」
 可愛くて愛しくて目が回りそうなほどだった。華奢で小柄なミクがそこにいることを確かめるように、何度も何度も抱きしめる。
 ひょこりと顔を上げたミクと目が合った。照れたように笑ったミクが目を閉じる。誘われたがくぽは素直にミクに口づけた。唇を返されて、求めて、奪って、与えて、その度に心の奥から満たされていく。
 がくぽが湧き上がる感情が何なのか言葉を探している内に、
「何か食べる?」
 ミクはがくぽの緩んだ腕から逃れてテーブルに置かれた籠に手を伸ばそうとしていた。
 朝から大聖堂に向かい、本当なら酒場で昼食にしようと思っていたものをゆっくり休めと持ち帰らされたのだ。そういえばそろそろ昼も過ぎる頃か。
「ああ」
 籠に伸ばしていたミクの手を捕まえて引き寄せると、がくぽは軽々とミクを抱き上げた。一瞬きょとんとしたミクをそのまま静かにベッドに下ろす。
「あれ? お昼は?」
「後でいい。俺は先にメインディッシュをいただきたい」
「え? あれ? お腹すいてないの?」
「すいてる。倒れそうだ」
 がくぽがベッドに腰掛けてミクに顔を近づける。ごく間近に迫ったがくぽに、
「じゃあ、お昼にしよ?」
「お前な……。俺がどれだけお預けを食らったと思っている」
「あれ、そうだっけ?」
「とぼけるな。いつからか教えてやろうか? あぁ?」
「あの、でもまだ外明るいよ?」
「何か問題があるのか」
「えっと……。多分ないです」
 降参です、とばかりにミクがそろそろと両手を挙げる。
 しばらく鼻と鼻が触れ合うほどの至近距離でミクの顔をのぞき込んでいたがくぽだったが、やがて小さく噴き出してミクの隣に寝転んだ。
「可愛いなお前は」
 がくぽに向き直ったミクの顔を両手で包む。がくぽの大きな手ではミクの小さな顔はすっぽりと収まってしまう。何度もその柔らかい朱のさした頬を優しく撫でながら、がくぽは自分の口元が緩むのを感じていた。
「そうやってすぐ子供扱いするんだから」
 がくぽと最初に出会ってから3年が過ぎた。ミクももう子供ではない。できれば可愛いではなくきれいとか言われたいのだが、永い時を生きてきた彼にとってはまだまだ子供なのだろう。仕方ないと解っていても、ふくれっ面をして抗議するくらいは許して欲しい。
「子供だと思ったことなどない」
 予想に反してがくぽが反論した。
「お前はいつだって俺の先を行く。出会った時からそうだった。それに子供相手にこんなことするか」
 ミクの頬を撫でていた手が肩を通り背中を伝って腰へとたどり着く。大きな温かい手にゆるゆると撫でられたらミクは身体の力が抜けてしまう。
「もう、そういう意味じゃないわよぅ」
 蒼い瞳を潤ませて訴えるミクの顔を見て、がくぽが笑った。
「……」
「どうした?」
 今度はミクががくぽの顔をのぞき込んだ。しばらくそのままがくぽの美貌を見つめていたミクだったが、
「がくぽってさ、変わったよね」
「変わった? 俺が?」
「うん。なんか表情がやわらかくなった」
「それはいつと比較しての話だ。言っておくが……」
「んんー、そうじゃなくて、えっと……。がくぽがこっちに来てから……、2年くらい? 表情がね、豊かになった気がする」
 記憶を辿りながらがくぽの表情の変化を思い出す。
 出会った時は、彼は自分の中のありとあらゆる感情を殺し続けていた。そしてその後1年間、自分の殻の中に篭もり続けた。過去と決別して新たな世界に足を踏み入れたとき   吟遊詩人マリイとしてこの国に戻ってきた時   
 出会った時の無表情の仮面はもうそこにはなかった。だが、こんなにも無邪気に笑ったり、拗ねてみたり、顔をほころばせたり。ここまで感情を表に出したりすることはなかったような気がするのだ。
 眉間に皺を寄せて考え込むミクの表情が面白くて思わずがくぽは笑ってしまった。ミクに拗ねたように睨まれて苦笑する。
「もしそう感じるのなら、それはお前のおかげだ」
「え?」
 ミクが意外そうな顔をした。もちろんそれはがくぽの想定内である。
「お前は気づいてないだろう。お前の歌声にどんな力があるか」
 優しい笑顔でがくぽが続ける。
「ルカの歌声は太陽のようだった。聴く者すべての心を優しく照らして暖める」
 ルカを語るがくぽの優しい声に、ミクは胸の奥がチクリとするのを感じた。表情には出さずにがくぽの話にじっと耳を傾ける。
「ミクの歌声は……俺が前に言ったことを覚えているか?」
「んー……流れ星だっけ……」
「そうだ。お前の歌声は流れ星となって降り注ぐ。輝きを失うことなく心に蓄積されて、内側から照らすんだ。本人が忘れていたものにさえ光を当てて思い出させる。かつて俺はそうしてお前に救われた」
 がくぽが自分の時間を動かし始める決意をしたとき、歌で誰かを癒したいと言ったミクに、彼は言った。お前の歌声は光となって届いたと。
 そのときは漠然としていてがくぽが何を言っているのかあまり理解できていなかった。それをこうして時を経て改めて言われ   がくぽがここに居てくれるのはあの時の自分のおかげなのだと気づく。
 歌の力を信じて、少しでも届けばいいと祈るように歌い続けたあの日の自分を抱きしめてやりたいほどだった。
「お前の歌はちゃんと人の心に届いている。誰もそれを認めなくても、確実に俺には届いた。だからもっと自信を持て。ミクはルカとは違うんだ。比べることに意味はない」
「……どうして?」
 声が震えた。
「どうして解ったの?」
「ひとつ屋根の下で2年も暮らしてればそれくらい見れば解る。あとお前が俺を拒むときはたいていルカ絡みでへこんでるときだ」
 隠しているつもりで完全に見透かされていた。どこまで行ってもがくぽには敵わない。
「今日大聖堂であの部屋がルカの部屋だと知った時、どんな顔をしたかお前解ってるか?」
 司教とがくぽの会話についていけなくて困惑するばかりだった。そのときに唐突に降りかかってきたミクにも理解できる言葉が『ルカの部屋』だった。それを教えてくれたときのがくぽの瞳も相まって、ミクは自分が小さくなるのを感じた。どんな表情をしたのかなど、考えたくもない。
「お前はどうしてそんなにルカと比べたがるんだ。俺が他の女に声をかけられたところでまるで気にしないくせに、ルカの幻には振り回されて勝手に落ち込んで俺は拒絶されて、いい迷惑だ」
 がくぽの言葉がいちいち胸に突き刺さる。
「……だって……、そんなの。勝てる訳ないもん。何一つルカ様に勝てることないもん。例えば昨日酒場でがくぽに声かけてた女の人だったら、負けないようにいくらでもがんばれるけど……もういない人には勝てないもん。がくぽがどれだけルカ様のこと大切に想ってるか、私が知らないとでも思ってるの?」
 自分の小ささに涙が出そうだった。がくぽのぐうの音も出ないほどの正論に負け惜しみを言うくらいしかできない。ミクはまともにがくぽの目を見ていられなかった。
 ひとしきり言い終えたミクが鼻を啜り出したのを見て、がくぽは盛大にため息をついた。それを聞いたミクがさらに身体を縮こまらせたのを見て、
「いい加減にしろ!」
 カッとなって怒鳴りつけた。ミクが一瞬怯えたのを見て後悔したが、言ってしまったついでだった。がくぽが身体を起こしてチュニックを脱ぎ捨ててミクを無理矢理抱きしめる。
「どうすればお前に伝わる? この胸を裂いて見せれば納得するのか? この胸の中にどれだけお前のことが詰まってるか今すぐにでも見せてやりたい……!」
 ミクの呼吸が止まりそうだった。強く抱きしめられてがくぽの胸に頬を埋めながらその鼓動を聞いている。
「ルカのことは愛している。今までも、これからもずっとそうだろう。だがそれとこれとは話が別だ。どっちが勝つとか負けるとかそういう問題じゃないし、ルカの代わりにミクを愛した訳じゃない。ルカがいなければ俺の今はなかったし、ミクがいなければ俺の未来はないんだ。頼むから俺を信じてくれ」
 がくぽのこんな声を聞くのはずいぶん久し振りな気がする。抱きしめた腕は緩められることもなく、ミクはがくぽの腕の中に身を委ねながら、
「……がくぽっていつも自信たっぷりだよね」
 今の必死の訴えをなかったかのように素朴な声で呟いた。
「今の俺の話を聞いてたのか」
「聞いてた。信じてくれって言えるのは自分に自信がある人だけだと思うの」
 指先でがくぽの胸をなぞるミクの頭を撫でてやる。
「どうしてお前はそんなに自信がないんだ。自信がないから比較してへこむんだろう」
「それは自信家の傲慢だよ。自分で『これだ』っていう確信が持てなきゃ自信なんて持てないよ。他人の評価じゃだめなの」
「虚勢を張れ。虚勢に追いつこうとして必死になってる内にそれは実力になる」
「がくぽも虚勢を張ったりするの?」
「カッコつけだからな。今でもそうだ」
「え? ええ!? 本当に?」
 驚いたミクが突然顔を上げた。危うく顎に頭突きを食らいそうになったがくぽが慌ててよけて、解放されたミクががくぽの顔をのぞき込む。
「がくぽの虚勢ってどんなの!?」
 さっきまでのへこみ体勢が嘘のように、興味津々で目を輝かせて訊いてくる。驚いたがくぽがミクの勢いに飲まれながら、
「え……ああ、ミクが机の引き出しに大切にしまってるものに気づかない振りをするとか……?」
 口を滑らせたことをがくぽが後悔するのと、ミクが顔を真っ赤にするのはほぼ同時だった。
「え、ちょっと何!? 見たの!? ひどい!!」
「見てない! それは見てない! 髪をひっぱるな、痛い!」
 しばらくぽかすかとがくぽの胸板に拳を叩きつけていたミクだったが、恥ずかしさがこみ上げてきたのか両手で顔を覆ってしまった。
「ひどい〜……ひどいよ……」
「だから見てないって言ってるだろう」
 乱れた髪を手櫛で整えながらがくぽが呟く。
「毎朝出かける前に机の前でごそごそやってるから……、上からじゃそれが何かまでは見えない」
 それはレンが残したきらきらする白い石だった。歌唱隊は朝早いため、いつもミクはひとりで起きて出かけている。がくぽはまだ寝ている時間なので、朝だけその石を引き出しの奥から取り出しては優しく口づけていた。
 たまたま早く起きたがくぽがその様子を上から見ていたのだ。
「……あと……お前が騎士団長殿の話をするときに余裕のある振りをするとか……?」
 それまで地の底にまで落ち込んでいたミクがパッと顔を上げた。
「……あれ?」
「……何だ」
「がくぽって妬いたりするの?」
「する」
「嘘」
「いつも嫉妬の炎で身を焦がしそうだが」
「全然そんな風に見えない」
「虚勢を張ってるからだろう」
「え? なんで?」
「カッコつけだから」
「なんで? がくぽカッコいいじゃない?」
「そう言っていただけると嬉しいよ」
 がくぽが苦笑する。
「出会いからして無様なところを見られてるからな。正直巻き返そうと必死だ」
「え? そうだっけ? って、そうなの?」
「思い出補正だな。200年も膝を抱えてうじうじと、と怒鳴られたぞ。死んでも忘れん」
 言われて記憶の糸を辿れば、確かにそんなようなことを言った気がする。
「生意気言ってすみませんでした……」
「事実だからな」
 元気になったかと思えばまたすぐしょげるミクの頭を撫でてやる。
「お前はルカに振り回されてるようだがな、俺だっていつも振り回されてる。何が悲しくて自分の作った人形に嫉妬しなきゃならんのだ」
 レンのことは改めて一度話をしたことがある。がくぽの態度は一貫して『あれは自分が作った人形であり、自我が芽生えたのは副産物である。それに対して憐憫の感情を持てと言われてもそこまで責任は持てない』というものだった。紆余曲折を経て『ミクにとっては大切な人であり、その想いが恋であったことは否定しない。同時にがくぽはレンを生み出した恩人でもある』という結論に至ったのだが、それでもがくぽのレンは人形という考えに反発がない訳ではなく、レンのことはほとんど話題に上らない。
「……自分が作った人形なんでしょう? 何で妬いたりするの?」
「俺にとっては人形だが、ミクにとっては違うだろう。はっきりと恋だと言われて落ち着いていられるか」
 がくぽの眉間にみっちりと皺が寄る。
「ましてもういない相手だ。俺の方が分が悪い」
 つい先刻ミクが言ったのと同じことをがくぽが口にする。一瞬何を言われたのかわからなかったミクだったが、慌てて首を横に振った。
「分が悪いとか何でそうなるの!? レンは確かに大切な人だけど、私は……」
「それに今日の帰り、俺の前で騎士団長に愛想振りまくとか嫌がらせか」
「待って!? 愛想とか振りまいた訳じゃないし! カイト様は私の師匠で別にそんながくぽが思ってるようなのじゃないから!」
「さあな、口ではどうとでも言える」
「どうして? がくぽひどいよ、何でこんな意地悪なこと言うの? 私ががくぽのことどれだけ好きか知ってるくせに」
「ひどいのはお互い様だろう」
 がくぽが再び盛大なため息をついた。ようやくそこで思い知る。
「……やっぱりがくぽには敵わないや」
「虚勢を張れと言っただろう。そのうちに中身が追いつく」
「がくぽは追いついた?」
「……自分が思ってるよりは未熟だったようだ。またいらん無様を晒した」
 ふてくされたようにがくぽが枕に顔を埋める。
「ううん、そんなことない。がくぽはやっぱりカッコいいよ」
 乱れた藤色の髪を撫でながらミクが微笑んだ。
 ミクはがくぽの中にいるルカという存在に振り回されて、それを全部隠しきれずに見透かされた。対するがくぽはやはりミクの中にいる他の男の存在に振り回されて、それを微塵も感じさせない。とても敵いそうにはなかった。
 ミクとがくぽは似た者同士だった。同じ境遇に陥り、同じ傷を負い痛みを抱えた。お互いのことを知りたいくせに自分の中のみっともない部分は見せまいとする。自分の本心は隠したままで相手の心は暴こうとする。そんなこんなで平行線だ。
「ねえってば」
 返事をしないがくぽの髪をやさしく引っ張る。
「がくぽがそう思ってなくても、私はカッコいいと思ってるよ?」
「……口ではどうとでも言える……」
 多分一生隠し続けるつもりだったであろう嫉妬を晒してしまったことは、彼の心をへし折るのに充分すぎるようだった。へこんでいるのか拗ねているのか、顔を上げようとはしない。
「本当だってば。お願いだから私を信じて?」
 しばらく考え込んでいたがくぽがようやく顔を上げる。上目遣いでじっとミクを見つめて、
「……本当か?」
「うん」
「じゃあ、キスしてくれ」
「いいよ」
 ミクの柔らかい唇ががくぽの唇に触れた。
「……自信が持てるようになったか?」
「少しはね」
 ミクがウインクする。
「がくぽがわざわざ自分の心をへし折ってまで私に自信を持たせようとしてくれたんだもの。ちゃんと応えなきゃ」
「そうか。俺は少し自信がなくなったがな」
 見つめあって微笑みあっていると、遠くで大聖堂の鐘が鳴った。
「あーお昼だ。何か食べる?」
「そうだな」
 身体を起こしてベッドから下りようとしたミクにがくぽの腕が絡みつく。易々とベッドに引き戻されてミクが瞬きをした。
「……あれ?」
「食べる。今すぐ」
「お腹すいてない?」
「すきすぎて倒れそうだと言っただろう」
「……私もね。お腹すいてるの」
「気が合うな」
「パン……」
「あきらめてくれ」
「後じゃ駄目?」
「駄目」
「じゃあお願いがあるんだけど」
「俺からもだ。頼むから黙っててくれ」
 何かを言いかけたミクの唇はがくぽの唇で塞がれてしまった。指と指が、吐息と吐息が、舌と舌が絡み合う。触れ合うところが目眩がしそうなほどに熱い。
「……がくぽ、ずるいよ……」
「そんな目をしておいてよく言う……」
「ちゃんとおいしく食べてよね」
「お言葉に甘えさせてもらう」
 お互いに熱い唇を貪り合った。熱を帯びた甘い吐息ががくぽの耳をくすぐる。
「残したりしたら駄目なんだから……」
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